【4月22日】Tさんのすわりこみ日記

1ゲート前総合大学の全景

ゲート前総合大学の全景

2園芸学部の一角

園芸学部の一角

3ここが受付。カンパがたくさん集まる

ここが受付。カンパがたくさん集まる

4博治さんへの励ましのメッセージを集約中!

博治さんへの励ましのメッセージを集約中!

5好評の辺野古ぶるーTシャツは薄い青のバージョンがお目見え

好評の辺野古ぶるーTシャツは薄い青のバージョンがお目見え

6発言する恩納村の方々

発言する恩納村の方々

「キャンプシュワブ前総合大学の一日」の巻

今日から山城博治さんはお休み。その巨大な欠落を、県内外から集まる市民と、平和運動センター、平和市民連絡会、統一連など諸団体が埋めていかなければならない。6:00、いつもより多めの20人がテント前に結集し、ミーティングをおこなった。

7:45、第2ゲートを監視していると、海上でボーリング調査をおこなっている「中央開発」の車両が進入してきた。車両の前に立ち、工事の中止を求めたが、乗員は目も合わさない。そのうち沖縄県警機動隊によって、私たちは実力で排除された。視界の隅で、運転手が隣の男と笑っているのが見えた。

9時を過ぎると「島ぐるみ会議」のバスがやってきて、続々と人が集まってくる。その中に東京ではおなじみの、上原成信さんがいらした。一坪反戦地主会・関東ブロックの代表だった方だ。「88歳の私が参加することで、現場の励みになれば。この闘いはもう一押しで勝てる」。

テントの一角に園芸コーナーが立ち上がった。女性たちが花を植え、水遣りをしている。ある人は「キャンプシュワブ前総合大学に、園芸学部が加わった」という。他に音楽学部(三線教室)、法学部(救援対策)があるらしい。

車両から手を振って通り過ぎた人がいたので、こちらへの声援かと思ったが違った。手に日米の国旗を持っていた。「オスプレイファンクラブ」と呼ばれるグループだ。普天間基地への抗議行動に対し、嫌がらせを繰り返してきた。夜中にテントに集団で押しかけてきたこともある。その車両が、私たちの目前でキャンプシュワブ内に進入していった。うわさに聞いていたが本当に米軍とツーカーだった。

午後はテントの受付を担当した。カンパの申し出を受けたり、各種チラシの配布、タオルやTシャツの販売をおこなう。山城博治さんを励ますため、シールに手書きで一言メッセージを書いてもらい、集約している。たちまち数十人分が集まった。私は「権力に厳しく、仲間に優しく。山城さんを見習ってがんばるぞ」と書いた。励ましになってない。

岐阜県の郡上八幡という地域から、旅館の女将さんが呼びかけて数人がテントを訪問した。有名な盆踊りのひとつ「郡上踊り」を披露。江戸時代の郡上一揆のなかから生まれた民衆の踊りだと解説が入った。そういえば脱原発テント前でも、福島の女性たちが「かんしょ踊り」を踊っていたのを思い出した。

恩名村から駆けつけた方が発言。恩名村ではかつて、米軍の対都市型ゲリラ訓練施設の建設が持ち上がったことがある。その計画を、住民が連日、道路に座り込むことによって阻止したという。沖縄のたたかいには、こういう歴史がある。勉強になる。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中