【4月24日】Tさんのすわりこみ日記

1第2ゲート前で監視行動

第2ゲート前で監視行動

2キャンプ・シュワブの由来

キャンプ・シュワブの由来

3読谷村の女性が山城さんの似顔絵を贈呈

読谷村の女性が山城さんの似顔絵を贈呈

4山城さんの似顔絵

山城さんの似顔絵

5メインゲート前でシュプレヒコール

メインゲート前でシュプレヒコール

6第3ゲート前で海上に向けシュプレヒコール

第3ゲート前で海上に向けシュプレヒコール

7招かれざる人々

招かれざる人々

8テントを批難する「八重山日報」記事が配布された

テントを批難する「八重山日報」記事が配布された

「招かれざる客!」の巻

早朝から第2ゲート監視行動。いつもどおり海保や「中央開発」、沖縄防衛局の車両進入を警戒する。ところで毎朝8時になると、アメリカと日本の国歌に続き、行進曲のようなものが流れる。海兵隊の歌であろうか。ぼんやり考えていたところ、琉球新報の記事で「キャンプシュワブ」の名前の由来を知った。沖縄戦で戦死した海兵隊員アルバート・E・シュワブ(享年25歳)にちなんでいるそうだ。「戦友たちの死」を代償に獲得した基地であるという意識を、海兵隊はいまも持っている。

ゲート前集会。最初に発言したのは皆勤賞の田港清治さん(86)。今朝も熾烈だった工事車両搬入阻止のたたかいに触れつつ、「男というのは女の応援がなければ倒されてしまう。だから女を大事にしなきゃいかん」と述べ、参加者から拍手がわいた。

読谷村からは「島ぐるみ」バスでまとまっての参加があった。ある女性は「夫婦でゲート前に駆けつけてきた。夫は夜10時に子どもを寝かしつけるとゲート前の夜番に参加し、朝6時に帰宅し、出勤する日もあった」。「尊敬するリーダー」山城博治さんの回復を願って、似顔絵をテントに贈呈。こうした人たちによってテントは支えられている。

昼前、参加者全員が立ち上がり、海が見渡せる第3ゲートまで歩いた。スパット台船を洋上に見据えながら、「美ら海、壊すな!」「台船、帰れ!」「辺野古ぶるー、がんばれ!」と声を上げた。第3ゲートは、コンクリのブロックが置かれており使用できなくなっているが、ゲート前で抗議行動が行われるのを嫌った米軍は道路上に勝手に「イエローライン」を引いた。それが消去されると別のところにラインを引くが、また消去。いまは引くのをあきらめたようだ。

テント集会が終わった4時過ぎ、テントに「招かれざる客」の訪問があった。日の丸に「日本」と描かれた白いシャツを着た数名の男性が、キャンプシュワブを背にテント向かいの歩道に現れたのだ。そのうち髭の人物がトラメガで「テントは無法。直ちに退去を」等と演説をし始めた。聞けば、石垣市会議員の仲間均という人物。「沖縄が日本を守っている」と噴飯ものの演説であり、テント前の人々はまともに相手しなかった。

だが、「おまえたちは米軍によって、女性や子どもが、いったいどれだけ泣かされてきたのか知っているのか!70年間もだぞ」と怒りをぶつけている仲間もいた。かつて日本は米軍との戦いに沖縄の人々を巻き込み犠牲にし、戦後は沖縄そのものを米軍に売り渡した。4・28を目前に、このいびつな構造をキャンプシュワブ前でまのあたりにした。

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