【4月24日〜30日】Tさんのすわりこみ日記

(4月25日)1珊瑚を破壊したトンブロック

(4月25日)珊瑚を破壊したトンブロック

(4月25日)2拘束されたカヌーの仲間

(4月25日)拘束されたカヌーの仲間

(4月26日)1街宣車を追い返した小学生

(4月26日)街宣車を追い返した!?小学生

(4月26日)2訪米報告する玉城デニー議員

(4月26日)訪米報告する玉城デニー議員

(4月27日)1抗議船に襲い掛かる海保

(4月27日)抗議船に襲い掛かる海保

(4月27日)2名護に来たら一度は訪問したいリサイクルショップ

(4月27日)名護に来たら一度は訪問したいリサイクルショップ

(4月28日)1米軍の上陸演習の横目に出発

(4月28日)米軍の上陸演習の横目に出発

(4月28日)2台船に迫って工事を止めるぞ

(4月28日)台船に迫って工事を止めるぞ

(4月28日)3フロートを二度越えても台船は遠かった

(4月28日)フロートを二度越えても台船は遠かった

(4月28日)4屈辱の日に辺野古新基地阻止を誓う

(4月28日)屈辱の日に辺野古新基地阻止を誓う

(4月29日)1メインゲートにて

(4月29日)メインゲートにて

(4月29日)2フェンス脇に咲いていた月桃の花

(4月29日)フェンス脇に咲いていた月桃の花

(4月29日)3第3ゲートで海上行動を激励

(4月29日)第3ゲートで海上行動を激励

(4月29日)4米軍のいる日常生活

(4月29日)米軍のいる日常生活

(4月29日)5京都から駆けつけた仲間の次に辺野古リレーメンバーも発言

(4月29日)京都から駆けつけた仲間の次に辺野古リレーメンバーも発言

(4月29日)6山城さんの回復を願い黄色いハンカチをくくる

(4月29日)山城さんの回復を願い黄色いハンカチをくくる

(4月29日)7米兵による性暴力被害を語るジェーンさん

(4月29日)米兵による性暴力被害を語るジェーンさん

(4月30日)1臨時制限区域外でもこの有様

(4月30日)臨時制限区域外でもこの有様

(4月30日)3テント集会でお別れの挨拶

(4月30日)テント集会でお別れの挨拶

「全国から辺野古へかけつけよう!辺野古のたたかいを全国へ波及させよう!」の巻

4月25日(土)

7:00、早朝監視行動、海保の車両が工事車両にまぎれて資材ゲートより進入。座り込みで阻止を試みるも県警機動隊に両脇を抱えられて排除された。「圧殺のゲート前」。
9:00、瀬岳の浜よりカヌーで出発。辺野古弾薬庫の近くで仲間たちが海保に拘束された。

4月26日(日)

7:00、早朝監視行動。日曜とあって工事車両の進入はなかった。日曜でもあるときはあるし、深夜の搬入もあるからまったく油断できない。
11:30、ゲート前集会で、東京から来た辺野古リレーの仲間と再会。
右翼団体「大日本忠仁会」の街宣車が騒音を撒き散らして妨害。だが、ある小学生男子が「団結って知ってるんですかー?」とのコールを繰り返し、一蹴。
沖縄選出の衆議院議員・玉城デニー氏が来訪。訪米報告をおこなった。

4月27日(月)

7:00、早朝監視行動。第2ゲートで海保を待ち構えたが現れず。
9:00、瀬岳の浜よりカヌーで出発。フロートが一部途切れている部分から通称「臨時制限区域」への進入を試みたが、今日は塞がっていた。海保職員がニヤリと笑う。
抗議船団に海猿が勝手に乗り込んでいた。みなで強く抗議。やりたい放題が続いている。

4月28日(火)

沖縄にとって「屈辱の日」。辺野古ぶるーは総勢30人、25隻。私が海上行動に参加して以来、最大規模。
私は辺野古崎付近にいたが、いつもいる海猿がいなかったので、その隙にフロートを越えた。すぐに海保のゴムボートが追いかけてきたが、海猿ではなく制服職員のため海に飛び込めない。仲間の陽動作戦により、もうひとつのフロートを越え台船に近づいたが、そこで「確保」されてしまった。
同じ頃、海猿たちは抗議船「ラブ子」を転覆させた。かれらの「安全確保」はついに殺人未遂の水準に至った。
夕方、那覇市・県庁前ひろばで開かれた「止めよう辺野古新基地建設!民意無視の日米首脳会談糾弾!4・28屈辱の日 県民集会」に参加。国際通りをデモ行進した。

4月29日(水)

今日は一日、ゲート前。またしても海保の車両が、工事車両に紛れ込んで資材用ゲートから進入。昨日とは打って変わって抗議行動参加者が少ないため、あっさり進入された。機動隊と同じ動きをするアルソックに「抗議行動への弾圧をやめよ」とみなで詰め寄った。
2002年、横須賀で米兵にレイプ被害を受けたジェーンさんが来訪。基地フェンスに性暴力事件を年代別に記したリボンを貼った。
山城博治さんの現場への復帰を願い、「黄色いハンカチ」を記入。

ジェーンさんのこれまでの勇気ある闘いが綴られた自伝「涙のあとは乾く」が近く出版されるようです)

4月30日(木)

いよいよ最終日。早朝監視行動も気合が入る。
続いて海上行動のミーティング。昨日も海保は暴力的で、「臨時制限区域」外でも拘束を繰り返し、船に乗り込み鍵を奪うなど狼藉を働いた。
最後ということもあり、私は「ベビー」ではなく辺野古ぶるー本隊に加わった。大浦湾は波が荒れており、ただでさえ転覆の危険がある。そんなところで海保は乱暴するのだ。
海から引き上げると、テント前集会でお別れの挨拶をさせてもらった。この1ヶ月のことが走馬灯のようにかけめぐり、感極まった。

・最後に

この1ヶ月、山城博治さんが病に倒れるという衝撃的な出来事があった。山城さん不在という巨大な欠落を、県内外からかけつけた市民と支援団体が団結して埋めようと努力している。他方、翁長県知事が菅官房長官、安倍首相と会談して全面対決し、現場の人々は大いに励まされてきた。

しかし工事は着々と進んでいる。工事車両は資材ゲートから毎朝進入しているし、海上ではボーリング調査が行われている。「辺野古新基地は認めない」という大義があっても、それを実行する現場の人数が圧倒的に不足している。

日記を読まれたみなさん! ぜひキャンプシュワブ・ゲート前に駆けつけてください。海上行動に参加してください。行けない人は首相官邸、防衛省、大成建設、海上保安庁等、関係諸機関に対し、抗議の声を叩きつけましょう!

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中