12月15日の差別的表現について

12月15日の差別的表現について

さる12月15日に私たち辺野古リレーが主催しました、都庁前での警視庁撤退キャンペーンのアピール行動の中で、私たちが少なくともまだ法の下にあり、国が行っている無法に対して闘うことができる、という文脈で「まだ北朝鮮のような国ではない」といった、人々に朝鮮民主主義人民共和国への差別・偏見を助長するような発言がなされました。

その場で中継を見ておられた方から「このような差別発言は許されない」とのご指摘をいただき、私たちもそのように考え、アピールの中で謝罪をさせていただきました。改めて、この発言がどのような問題であるのか、以下、私たちの考え・態度を明らかにしていきたいと思います。

1つめに、私たちの住むこの国は現在も様々な問題・課題を抱えています。沖縄・辺野古の問題がまさにそうです。沖縄の人々の憲法によって保障されているはずの生存権は顧みられたことはなく、いくら民意を表しても無視され、暴力によって軍事基地が押し付けられています。そのひどさを言い表す時に、他の国や誰かを引き合いに出す必要は全くありません。どこそこの国の体制を支持しているとか、支持していないとかという問題でもありません。

2つめに、現にこのような他の国を見下す差別的言質と共に、脅威が煽られ、人々への分断が持ち込まれて、日米軍事体制の強化・日本の再軍備化が進められているということを忘れてはいけないと考えます。

3つめ。アジア諸国、とりわけ朝鮮半島の歴史と日本との関係性をみる時、日本が行った戦前・戦中の侵略・植民地政策における破壊と搾取、戦後アメリカ政府と共に朝鮮半島に分断と軍事的緊張を常にもたらし続けてきたこと、自らの加害を無視し在日韓国・朝鮮人の方々に対して徹底して差別的政策を行ってきたことなど、朝鮮半島の現状には日本という国が深く深く影を落とし続けてきたという現実があります。そうであるならば、日本がかの国や人々に対して行ってきたことを抜きに語ったり、考えたりすることはできません。

私たちは、今回のことを「個人の資質・問題」にしてはならないと考えます。また、「誰かに問題にされるから言わない」「炎上するから謝っておこう」にしてもいけないと思います。昨今、平和や憲法を守ろうという集会・デモの場においてさえ、この国の危機的状況を強調したいがためなのでしょうが、差別的な表現・言説が散見されるようになりました。

このような現状に対して、感性を鋭くし、その度に指摘をしていくことは決して「屁理屈」ではありません。なぜなら、私たちはこの社会で生きる以上このような差別を常にふりまかれ、自覚していかなければ(自覚してさえなお)意識下に刷り込まれ、分断されていってしまう。それによって無自覚に発した言葉や行動によって誰かを傷つけ、殺していってしまうのです。

だからこそ、私たちは、指摘しあい、学びあい、理解しあいながら、常に己に対して繰り返し繰り返し問い直し続けていくことが大切であると考えます。

辺野古リレーは、これからもいかなる差別も許さず、向き合いながら、あらゆる人と共に歩む社会を目指していきたいと思います。

辺野古リレーメンバー 一同

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12月15日の差別的表現について」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ご報告:12・15陳情行動&都庁前アピール | 辺野古リレー

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