月別アーカイブ: 2015年4月

音楽で伝えよう!2ヶ月集中アピール(2015.4.21)@渋谷駅ハチ公前広場

メッセージを歌に込めて

メッセージを歌に込めて

サックス、オカリナの調べにのせて

サックス、オカリナの調べにのせて

沖縄の思いを!

沖縄の思いを!

音楽で伝えよう!

音楽で伝えよう!

フィドルの演奏です!

フィドルの演奏です!

三線と指笛、ギター、サックス、フィドルのコラボ!

三線と指笛、ギター、サックス、フィドルのコラボ!

行き交う人々も足をとめて聴いています

行き交う人々も足をとめて聴いています

鳴り響くパーランクー!

鳴り響くパーランクー!

最後はカチャーシー!

最後はカチャーシー!

「音楽で伝えよう!沖縄の思い!」という事で辺野古や高江の基地反対の戦いの楽しさも知ってもらいたいと音楽や歌、踊り(カチャーシー)などでアピールさせて頂きました。

何故沖縄の皆様が長く苦しい戦いを続けてこられたのか其のごく一部でもこちらの人々にも解ってもらいたい、非暴力で闘い続ける沖縄の方々の原点が少しでも感じられればという事で企画されました。

沖縄の方々には楽器を弾く事や歌を歌う事がごく日常の事だというのが、抗議活動にも歌が当たり前のように使われるという事でよく解ります。沖縄を返せ、座り込め、などの他にも三線で歌われる民謡にもさりげなく抗議の気持ちが込められていてそれが素敵な曲になっている所が沖縄の素晴らしさです。

自分たちの戦いは決して暴力には頼らない、しかしこの歌に込められたメッセージはどんな暴力にも勝るという事を信じているからこそ、どんな戦いにも勝利出来るという確信を持てるのだと思います。

渋谷の街でも其の一部を再現するサックス、オカリナ、フィドルの演奏いろいろな替え歌と抗議の歌、三線の民謡と指笛、ギター、サックス、フィドルのコラボ、それをバックにみんなでカチャシーを踊りハチ公前がゲート前に変わりました。

4月26日には同じ渋谷でサウンドパレードが行われます。沖縄の気持ちを伝えるには音楽が欠かせません。ぜひ26日にはより多くの皆さんの参加をお待ちしています。

最後に山城さんがゲート前を離れられるという事で留守は我々に任せてください、多くの人に新たに参加してもらい今までと同じにきちんとゲート前を守りますという誓いに、ウイシャルオーバーカムをみんなで合唱しました。

ウイシャルオーバーカム サムデイ をトゥデイに変える為に頑張りましょう。

(次回の集中アピールは4月28日ハチ公前です。5月24日のヒューマンチェーンもご参加よろしくお願いします)

最終表_201504

今日は何の日? 2ヶ月集中渋谷アピールの日です!

◆◆◆4月28日(火)は「沖縄から見た戦後70年」です!◆◆◆

私たちは許さない。安倍政権がこれ以上沖縄の民意を無視することを。
私たちは止めたい。これ以上辺野古の海と陸で暴力がエスカレートすることを。

沖縄の人々は、辺野古の米軍新基地建設に反対し続けています。しかし安倍政権はその民意を無視して年明けから建設工事を再開しました。反対する市民に対して、陸では機動隊がお年寄りを押し倒し、反対運動のテントの撤去を迫り、米軍が運動のリーダーを基地内に引きずりこんで逮捕しようとする。海では海上保安庁が市民の乗ったカヌーを転覆させる、外海に放置する、骨折させるなど、凄まじい暴力を振るい続けています。

3月12日にはついにボーリング調査が再開されました。この先にあるのは命をも奪いかねない暴力と、政府が夏に行うと明言する海への埋め立て土砂の流し込みです。どちらも取り返しのつかないことであり、 絶対に許してはなりません。

だからこそ首都圏の私たちが今、万単位の人々の力を結集して、安倍政権に辺野古新基地建設を永久に断念させる必要があります。今年の1月25日に開催した国会包囲ヒューマンチェーンには7,500人が参加しました。

その第2弾となる国会包囲ヒューマンチェーンが、5月24日に開催されます。数万人で集まり、抗議をしましょう!

それに向けて私たちは2ヶ月前の3月24日から、火曜日の渋谷で大きな集まりとアピールを開始します。毎回、様々な個人やグループの発言で、様々な表現方法で、「辺野古新基地建設NO!」を訴えます。

辺野古新基地建設に反対するすべての人が集まって、訴えて、表現していきましょう!たくさんの人に辺野古の今を伝え、5月24日の国会包囲〜5月25日官邸前抗議ですべてを終わらせましょう!

5.24に全てを終わらせよう!
辺野古に基地を作らせない2ヶ月集中アピール

<アクション予定>
4月28日 19時〜 渋谷ハチ公前
「沖縄から見た戦後70年」
5月5日 15時〜 新宿アルタ前広場
「写真で伝えよう!」
5月12日 19時〜 渋谷ハチ公前
「高江のヘリパッドも反対!」
5月19日 19時〜 渋谷ハチ公前
「直前大宣伝」
※当日のゲストや内容など詳細は決まり次第、順次ブログやTwitter、Facebookにて発表します。
そして、5月24日(日)14:00からは国会包囲ヒューマンチェーンへ!!

キャンペーン主催:辺野古リレー 辺野古のたたかいを全国へ
ブログ:https://henokorelay.wordpress.com/
Twitter:https://twitter.com/henokorelay
Facebook:https://www.facebook.com/henokorelay
E-mail:henokorelay★outlook.jp (メールを送られる場合は、★を@にしてください)
※メールアドレスが変わりましたのでご注意ください!

【4月24日】Tさんのすわりこみ日記

1第2ゲート前で監視行動

第2ゲート前で監視行動

2キャンプ・シュワブの由来

キャンプ・シュワブの由来

3読谷村の女性が山城さんの似顔絵を贈呈

読谷村の女性が山城さんの似顔絵を贈呈

4山城さんの似顔絵

山城さんの似顔絵

5メインゲート前でシュプレヒコール

メインゲート前でシュプレヒコール

6第3ゲート前で海上に向けシュプレヒコール

第3ゲート前で海上に向けシュプレヒコール

7招かれざる人々

招かれざる人々

8テントを批難する「八重山日報」記事が配布された

テントを批難する「八重山日報」記事が配布された

「招かれざる客!」の巻

早朝から第2ゲート監視行動。いつもどおり海保や「中央開発」、沖縄防衛局の車両進入を警戒する。ところで毎朝8時になると、アメリカと日本の国歌に続き、行進曲のようなものが流れる。海兵隊の歌であろうか。ぼんやり考えていたところ、琉球新報の記事で「キャンプシュワブ」の名前の由来を知った。沖縄戦で戦死した海兵隊員アルバート・E・シュワブ(享年25歳)にちなんでいるそうだ。「戦友たちの死」を代償に獲得した基地であるという意識を、海兵隊はいまも持っている。

ゲート前集会。最初に発言したのは皆勤賞の田港清治さん(86)。今朝も熾烈だった工事車両搬入阻止のたたかいに触れつつ、「男というのは女の応援がなければ倒されてしまう。だから女を大事にしなきゃいかん」と述べ、参加者から拍手がわいた。

読谷村からは「島ぐるみ」バスでまとまっての参加があった。ある女性は「夫婦でゲート前に駆けつけてきた。夫は夜10時に子どもを寝かしつけるとゲート前の夜番に参加し、朝6時に帰宅し、出勤する日もあった」。「尊敬するリーダー」山城博治さんの回復を願って、似顔絵をテントに贈呈。こうした人たちによってテントは支えられている。

昼前、参加者全員が立ち上がり、海が見渡せる第3ゲートまで歩いた。スパット台船を洋上に見据えながら、「美ら海、壊すな!」「台船、帰れ!」「辺野古ぶるー、がんばれ!」と声を上げた。第3ゲートは、コンクリのブロックが置かれており使用できなくなっているが、ゲート前で抗議行動が行われるのを嫌った米軍は道路上に勝手に「イエローライン」を引いた。それが消去されると別のところにラインを引くが、また消去。いまは引くのをあきらめたようだ。

テント集会が終わった4時過ぎ、テントに「招かれざる客」の訪問があった。日の丸に「日本」と描かれた白いシャツを着た数名の男性が、キャンプシュワブを背にテント向かいの歩道に現れたのだ。そのうち髭の人物がトラメガで「テントは無法。直ちに退去を」等と演説をし始めた。聞けば、石垣市会議員の仲間均という人物。「沖縄が日本を守っている」と噴飯ものの演説であり、テント前の人々はまともに相手しなかった。

だが、「おまえたちは米軍によって、女性や子どもが、いったいどれだけ泣かされてきたのか知っているのか!70年間もだぞ」と怒りをぶつけている仲間もいた。かつて日本は米軍との戦いに沖縄の人々を巻き込み犠牲にし、戦後は沖縄そのものを米軍に売り渡した。4・28を目前に、このいびつな構造をキャンプシュワブ前でまのあたりにした。

【4月23日】Tさんのすわりこみ日記

0ゲート前に朝日が昇る

ゲート前に朝日が昇る

1工事車両を入れるための朝の儀式

工事車両を入れるための朝の儀式

2瀬嵩の浜から出発!

瀬嵩の浜から出発!

3防衛局のブイ

防衛局のブイ

4珊瑚を踏み潰しているトンブロック

珊瑚を踏み潰しているトンブロック

5「確保」された瞬間

「確保」された瞬間

6仲間たち次々と拘束された

仲間たち次々と拘束された

7海保のゴムボートに牽引されるカヌーたち

海保のゴムボートに牽引されるカヌーたち

「初めて海保に拘束された!」の巻

7:00過ぎ、作業用ゲートより工事車両が20台ほど立て続けに進入。警備員と機動隊が肩を組み(人間の盾)、固くガードするため手も足も出ない。せいぜいプラカードを車列に掲げるのみ。人数が圧倒的に足りない。

第二ゲートを監視してる仲間より、海保の車両が来たとの連絡。駆けつけると、先日私と学生を軽く突き飛ばした、見覚えのあるプロレスラー(悪役)のような海保がいた。今回はこちらもプロレスラー(正義役)のような仲間がいたので、おいそれと排除はされなかった。結局、機動隊に排除されたわけだが。

さて監視行動が一段落すると、浜のテント2へ。K師匠のもと「ベビーぶるー」の4人は、いつもの辺野古の浜ではなく、瀬嵩の浜から出発した。ここからだとフロートは目前だ。しかし台船ははるか彼方だ。フロートの向こうには、防衛局の監視船、海保のゴムボートが早くも待ち構えている。

フロートに沿って長島方面に進んだ。すると、海底に四角い、巨大なコンクリートブロックが見えた。これが問題の、サンゴを踏み潰している塊だ。発育途中の珊瑚の一部が、粉々にされてしまった。防衛局は「影響は軽微」というが、何という言い草だろうか。

少しでも作業台船に接近し、抗議の意志表示をしたい!と思っている所、米軍のプライベートビーチ近くに、たまたまフロートが途切れている部分が見つかった。カヌーが進入するにちょうど良い幅だったので、意を決して進入した。

すると海保のゴムボートが猛スピードで追いかけてきて、「確保」されてしまった。まったく予想外の事態だ!というのはもちろんウソ。入ったら「確保」されるのはわかっていた。しかし納得がいかない。「臨時制限区域」を越えると刑特法違反と脅かすが、安倍内閣が去年7月、勝手に閣議決定したに過ぎない。そうやって脅かしつつ、実際にはあくまでも抗議する私たちの身の安全のためだという。だが、フロート内が危険なんてことはない。かえって「確保」の過程で、仲間たちが海保に怪我を負わされている。

納得がいかないものの、強制的に私たち4人は、揃ってゴムボートに乗せられた。映画『圧殺の海』に出てくるような、有無を言わさぬ暴力的対応ではなかった。公平に言って丁重な扱いであった。それは、この間の報道や海保職員の告訴が効いているのかもしれないし、そもそも海保の諸君も心の底では新基地反対なのかもしれない。

ともあれ、翁長県知事の奮闘にも関わらず、現場では本体工事に向けたボーリング調査が進行している。これを阻止するためには、フロートを越え、台船に迫り、作業中止を迫る必要があるのだ。だが、ここでも圧倒的に仲間が足りない。

【4月22日】Tさんのすわりこみ日記

1ゲート前総合大学の全景

ゲート前総合大学の全景

2園芸学部の一角

園芸学部の一角

3ここが受付。カンパがたくさん集まる

ここが受付。カンパがたくさん集まる

4博治さんへの励ましのメッセージを集約中!

博治さんへの励ましのメッセージを集約中!

5好評の辺野古ぶるーTシャツは薄い青のバージョンがお目見え

好評の辺野古ぶるーTシャツは薄い青のバージョンがお目見え

6発言する恩納村の方々

発言する恩納村の方々

「キャンプシュワブ前総合大学の一日」の巻

今日から山城博治さんはお休み。その巨大な欠落を、県内外から集まる市民と、平和運動センター、平和市民連絡会、統一連など諸団体が埋めていかなければならない。6:00、いつもより多めの20人がテント前に結集し、ミーティングをおこなった。

7:45、第2ゲートを監視していると、海上でボーリング調査をおこなっている「中央開発」の車両が進入してきた。車両の前に立ち、工事の中止を求めたが、乗員は目も合わさない。そのうち沖縄県警機動隊によって、私たちは実力で排除された。視界の隅で、運転手が隣の男と笑っているのが見えた。

9時を過ぎると「島ぐるみ会議」のバスがやってきて、続々と人が集まってくる。その中に東京ではおなじみの、上原成信さんがいらした。一坪反戦地主会・関東ブロックの代表だった方だ。「88歳の私が参加することで、現場の励みになれば。この闘いはもう一押しで勝てる」。

テントの一角に園芸コーナーが立ち上がった。女性たちが花を植え、水遣りをしている。ある人は「キャンプシュワブ前総合大学に、園芸学部が加わった」という。他に音楽学部(三線教室)、法学部(救援対策)があるらしい。

車両から手を振って通り過ぎた人がいたので、こちらへの声援かと思ったが違った。手に日米の国旗を持っていた。「オスプレイファンクラブ」と呼ばれるグループだ。普天間基地への抗議行動に対し、嫌がらせを繰り返してきた。夜中にテントに集団で押しかけてきたこともある。その車両が、私たちの目前でキャンプシュワブ内に進入していった。うわさに聞いていたが本当に米軍とツーカーだった。

午後はテントの受付を担当した。カンパの申し出を受けたり、各種チラシの配布、タオルやTシャツの販売をおこなう。山城博治さんを励ますため、シールに手書きで一言メッセージを書いてもらい、集約している。たちまち数十人分が集まった。私は「権力に厳しく、仲間に優しく。山城さんを見習ってがんばるぞ」と書いた。励ましになってない。

岐阜県の郡上八幡という地域から、旅館の女将さんが呼びかけて数人がテントを訪問した。有名な盆踊りのひとつ「郡上踊り」を披露。江戸時代の郡上一揆のなかから生まれた民衆の踊りだと解説が入った。そういえば脱原発テント前でも、福島の女性たちが「かんしょ踊り」を踊っていたのを思い出した。

恩名村から駆けつけた方が発言。恩名村ではかつて、米軍の対都市型ゲリラ訓練施設の建設が持ち上がったことがある。その計画を、住民が連日、道路に座り込むことによって阻止したという。沖縄のたたかいには、こういう歴史がある。勉強になる。

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みんなで行こう!沖縄・辺野古に基地はいらない!4.26渋谷サウンドパレード

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日時:4月26日(日)16時集合、16時30分出発
集合場所:渋谷・宮下公園集合北側


主催:5.24首都圏アクション〜国会包囲ヒューマンチェーン

★サウンドカー出ます。ギター、ジャンベ、ドラム、エイサー全部大歓迎!!

沖縄県北部の「辺野古」って知っていますか?
そこは3つの意味で日本の私たちがいま一番知るべき場所。
なのに伝えられない場所。

1つ、サンゴがきらめくエメラルドグリーンの海に天然記念物のジュゴンが泳ぐあまりにも美しい場所だから。

2つ、日本の政府はその海を土砂でつぶしてアメリカ軍の基地を作ろうとしているから。多くの世論や沖縄県知事まで真っ向から反対しているのに全て無視しているから。これが安倍政権のほんとの姿。

3つ、それを沖縄の人たちが限界まで体を張って止めているから。海では毎日カヌーに乗ってこぎだし海上工事に立ちはだかり、陸では世界最強の米軍基地の前で24時間泊まり込みしながら工事車両に立ちはだかる。警察や海上保安庁の暴力で何人ケガさせられても続けているから。

こんな場所は他にない。なのにほとんど報道されない。政府は「唯一の解決策」「沖縄の負担軽減」「粛々と進める」としか言わない。

原発事故のとき、この国は政府もメディアも責任逃れのために大事なことを隠すとわかった。ーー「ただちに健康に影響はありません」これじゃ政府がどんなにひどいことをしても反対する人は叩き潰されるってこと。私たちがそうされても他の人には知らされないってこと。

日本は民主主義?そんなのウソじゃん!

政府は夏までに海を埋め立てると言っているけど、沖縄・辺野古にも5月24日の東京の国会にも万単位の人が集まってそれを止める。

どんどん盛り上がって来てるんだ。おかしいと声を上げるのは今。
止めるのはここに初めて来る人たち、いま東京の街を歩いている人たち!

だからサウンドカーを出して、うたやあらゆる楽器を持って集まろう!
伝えたり、抗議したり、思いを表現しよう!

こんな国を変えるのは今。変えるのは私たち。


※辺野古リレーも呼びかけ団体として参加します!!

【4月21日】Tさんのすわりこみ日記

1ゲート前で海上の仲間たちと

ゲート前で海上の仲間たちと

2負け方を知らない辺野古ぶるー

負け方を知らない辺野古ぶるー

3注意!フロートを越えてます

注意!フロートを越えてます

4カヌーを降りて潮干狩り

カヌーを降りて潮干狩り

5珊瑚その1

珊瑚その1

6珊瑚その2

珊瑚その2

7珊瑚の上に貝を乗せた

珊瑚の上に貝を乗せた

山城さんとの暫しの別れと「浜下り」

7:00、キャンプシュワブ・ゲート前より南側で、海保や工事車両などの警戒・監視行動をおこなう。二人一組、今帰仁村から通っているという男性とゆんたくする。沖縄にも「南北問題」があり、南部は基地返還もあり経済振興が進んでいるが、北部は基地の負担が重い一方、過疎化が進んでいることを知らされる。

9:00、ゲート前集会で山城博治さんが司会。博治さんは明日から闘病生活に入るので、登壇する人はみな博治さんとの暫しの別れを惜しんだ。「ゆっくり治療に専念してほしい」「一刻もはやくゲート前に戻ってきてほしい」。矛盾する言葉が行き交った。

海上で連日たたかう「辺野古ぶるー」および船長たちがかけつけ、博治さんを激励。辺野古ブルーの3本の横断幕「負けない・負け方を知らない・負けたことがない」を並べ、「越えてゆけ、フロートを」を熱唱した。「もし博治がなかなか戻ってこなかったら、病院に乗り込んで必ず奪還する」との発言にみんな笑った。

午後は辺野古ぶるーのみなさんに付いていき、「浜下り」に参加。一年で最も潮が引くこの時期、海の恵みに感謝しつつ潮干狩りが行われる。大浦湾の珊瑚をダイビングしなくても見ることができる絶好の機会だ。辺野古の浜を出発し、大浦湾に出ると歩くことができた。

よけて歩くのが難しいほど珊瑚が広がっており、種類も多い。ナマコ、ウニ、シャコ、カニなどの生き物が見つかり、中年も童心にかえって潮干狩りした(持ち帰りは禁止)。交通費をカンパしてもらって、こんなに楽しんでいいのか。そう思うと胸が痛くなった(ウソ)。

地元の方によれば、「浜下り」は、女性が身を清めるという意味の祭祀でもあったそうだ。40年ほど前は一面が珊瑚礁で、今より生き物がたくさん採れたという。食糧事情が厳しい時代、まさに海は「命の母」であった。それにしてもここを埋め立てて基地にするなど、まったくありえない話だ。粉砕あるのみだ。